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4/11/2010

+ noblesse oblige で思うこと

この前noblesse obligeについてちょっと触れましたが、この精神て実はヨーロッパだけでなく、アジアや日本にもあった、というのを最近知りました。

端的に言うと、社会による心理的な圧力で社会の中の不均衡な空気を均一に均すこと?かな。これに関しては、どこの国でも法律があるわけでもないし、それをしないからと言って貴族や特権階級が罰金を支払うというものでもない。でも、それでも、裕福な人・身分のある人(多くを持つもの)は持たざる者に分け与え、援助・支援をしている。それが持つものの義務である、という通念から。

この観念を、日本で実際に体現していたのが白洲次郎。
例えば、様々な人の世話をしていたが、世話をしてもらった人がお礼を持ってきても『バカヤロー!俺は大金持ちなんだ。』と、持ってきたものを頑として受け取ろうとしなかったり。国民健康保険ができた後も、医療費を自費で払っていた。皆保険のことをよく知らなかったこともあったが、多く持つものが多く支払うのは当たり前のこと、と思っていたり。日本テレビの役員だった当時、役員仲間の1人が事業に失敗し生活に窮していた際、『俺の手当てはあいつのほうに回しといてくれ』『困っている奴は助けるもんだ。』と、その役員を助けたりとか。。

白洲次郎の体現するnoblesse obligeは、例として見るとよくわかる。
イギリス留学中に"noblesse oblige"という言葉と出会ったとは思うけど、でも実はそれって白洲氏の先祖から脈々と受け継いできた武士道精神と相通じるものがあって、だから自然とこの観念を受け入れ、そう行動していたのでは?と思う。

noblesse obligeは、する側はそれを行うことで自分の資産なり高慢な心がある程度減る。される側 = 多くを持たないものからすると、それをされることでする側にある程度の尊敬の念が生まれる。結局心の問題で、それでオアイコ(実際にはそうではないけれど)という気持ちが出てくる。それで、実際には不平等な身分であってもそれを許せる空気ができる。つまり、階級社会による不平等から来る民衆の不満を、民衆自身の心理的圧力によって和らげる、という効果になっている。

いいことだと思いますが。
ちょっと前、『金を稼いで何が悪いんだ!』と社会にはばかることなく大声で怒鳴っていた投資家がいたけれど、強欲ばかりで人の心を何も考えてなくて、いわゆる世間の目がどんな恐ろしいもんかわかってなかったってことだと思います。こういう人でも、分け与える気持ちがちょっとでも見えれば、もうちょっと物事が変わっていただろうに、と思います。

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