今、よくげいのうじんの人が彼等の子どもを小さいころからインターナショナルスクールなんかに入れて英語を学ばせようとしているでしょう。小さいころから英語だらけの環境に入れるっていう考えは、英語を取得させるという目的においてはある意味Yesなことかもしれない。でも、ちょっと待て、と思うのは、、、
その子が日本人であること。日本で暮しているということ。将来、どうするかわからないけど、日本人であるのに日本語をおろそかにしているということは、もしかしてその子の母語もしっかり根付かせることができないということかもしれない。ブラジルから来日してこちらで仕事を持ち、子どもが生まれた。ところが、親が日本でリストラに会い、その子の母語もしっかり固定されてないうちにブラジルに帰ることになった。その子は日本語も中途半端、ポルトガル語も中途半端。となると、うまく勉強もできなくて、今ブラジルでは問題になっているそう。そして将来、うまく生活できるかどうかもわからない。。
母語がしっかりしていないと、その子の生きていく上での根本が育てられない(人格までもうまく形成されない・・・確か・・・)ということを、どこかで読んだ。げいのう人のある子どもが、小さいころからインターナショナルスクールに入れたら、日本語がおかしい、、と言っていた。そりゃ、だめでしょ。その子の将来を憂いてしまう。インターナショナルスクールに入れたら、日本人の親はよっぽどしっかり日本語を教えないと。
親が英語話さないし、インターナショナルスクールの外ではみんな日本語。てことは、日本語の話し言葉ならとりあえずある程度話せるかもしれない。けど、日本で暮らすにはそういう人間はある意味障害を抱えて暮らすことにもなる。日本語読めないでしょ。日本語書けないでしょ。敬語や複雑な会話を伴う日本語はまともにしゃべれないでしょ。ってことは、日本の会社に雇ってもらえないってことで。日本で自営の商売始めるにも、日本語読めない、書けないなんて、契約の際とんでもないことだし。てことは、日本じゃ役に立たないから高等教育は海外に行かせないといけなくなる。海外に行っても、日本語読めないし書けないから、あちらでも日本の会社に雇ってもらえない。で、結果、生涯海外で暮さないといけなくなる。でも、母語がしっかり根付いてないのなら、外国語もどこまで習得できるか、つまり、お子ちゃま言葉ならともかく、海外で高等教育に付いていけるか、疑わしい。あの、ジョン・カビラ氏だってアメリカの大学に入ったら英語に苦労したって言ってるんだから。これが何を意味するか、日本の親は肝に銘じてないといけないと思う。
その人が習得している言葉って、その人が通ってきた人生で得た経験の集大成なんです。これは私自身が実感している事実。細かい例はちょっと思いつかないんですが、例えば、その人がアメリカで生まれて小学校5年生まであちらにいた。ということは、その人の英語の経験値は小学校5年生で終わり。その後、その国で生活しているうちにNewsや本等で習得する難しい語彙や高等教育で培われるだろう高度な語彙群は、わからずじまい。結局、いくら生活英会話はできたとしても、難しいニュースなんかはわからないでいる。難しい英語の本も読めない。契約書だって読めないし。
私はアメリカにいたんですが、私が習得している英語はアメリカで経験したことに基づいています。(映画から覚えたものもありますが。)論文を毎学期ごとにCommunity Collegeで書いていたので、その時調査した文献からもいろいろな語彙を覚えていると思います。Collegeの教科書や教授の言葉、ホームステイ先の人々が発する言葉からも吸収していると思う。その時覚えた英語は、その時の経験の記憶とともに鮮やかに思い出せます。けれど、経験をしてないことはわかりません。調べないと。(笑) だから、私にとって英語は生涯勉強していかないといけない言語です。
つまるところ、、、
子どもには母語はしっかり習得させないといけない。
第二外国語は、その後でも間に合う。
ただし、第二外国語は、音をたくさん聞かせて声に出させておいたほうが後の習得に役立つ。(らしい。)(笑)
と、いうことです。