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12/30/2010

コレクティヴハウスの行方

決めました。
固まりました。私がこれからやるべきこと。

コレクティヴハウスを造ります。
老若男女集えて暮せる場所を作る。
シングルマザーや老いた方や社会的弱者と呼ばれる方も暮せる場所を作る。
だって、昔はそうだったんだから。
いろんな人が暮して、みんなでみんなの生活を見守った。
子どももその中で育っていった。
今でも昔のコミュニティ(集合住宅の中で育った私です。団地じゃないけど。)の人と出会うとほっとするのは、そこでみんなに見守られて育ったせいだと思う。自然もたっぷりあったけど、人が繋がっていた。悪いことをすると大人に叱られたし、叱られるのが怖いから悪いことはしないようにしていたし。お隣さんの洗濯物は、雨が降ったら心配してくれて声かけしてくれた。お隣さん同士でピクニックに出かけたり。隣の友達のお母さんが作ったホットケーキを分けてもらっておいしすぎて感激したし。男の子の友達に森の中の基地に招待されてわくわくしたり。自分ひとり、自分の家族だけで生きていたわけじゃなかった。

最初は小さいものしかできないだろうけど、それで今の他人のことは知らんぷりな社会、無縁社会がそうじゃないものになるように、ちょっとだけかもしれないけど、働きかけをしていきたい。
その中で、そこに住むシングルマザーのお子さんに対して安い料金で英語も教え、生きていく力を育んでいけるように仕掛けができればいいなと思っている。自分のプロフェッションである英語教育に対して、今の相場の料金を設定したくない。世間の相場の料金が適正か?と自問すると、答えは“NO”なのだ。成果があってこその料金のはずが、本当に成果があるかどうか疑問なのに今の教育産業はその料金をいただいている。世間の人はそれが相場だから、と出してはいるけれど。成果がないのにそれで儲けてる人はたくさんいる。私はそんなことはしたくない。

最初、利益は別のところから上げるようにしていく。(教育でお金をもらわないということではないけれど。)とにかく、最初は教育で利益をあげることは考えない。お金をかけなくてもこれだけのことはできるんだぜ、という、世間に対する逆襲の思いがあるから。そして、それは私の社会実験の場でもある。

実は、去年からいろいろいろいろ、ほんとにいろいろ考えていた。
最初、かなり昔から考えてた体を動かしながら子どもに英語を自然に覚えさせる手法を取り入れた教室を作ろうと思ってて、横浜にそれを実践してる教室があると知り、飛んで見に行った。でも、田舎であの料金は高すぎる。なんと言っても特許が関係してきてフランチャイズでやらなきゃならない。それって、私の信条にそぐわない。自分で自由に自分の方法でやりたい私は縛られるのが大嫌い。上納金のこともあるし、そのフランチャイズの一員になることは諦めた。経営者はなかなかの人だな、とも思ったけど。(経営者の人は、私のこと気にいってくれたみたいだったけど。)

ソーシャルビジネスになるようなことをしたい、と思ってた。
子どもへの教育がソーシャルビジネスになり得るのか?という疑問がいつもグルグル頭ん中駆け巡り、どうくっつけていいのやらずーーーーーーっと悩んでおりました。
その答えが、コレクティブハウス。
老若男女が集う場所を作ろう。
その中で子どもの生きる力を育もう。
決心しました。

来年は、そこに向かって走り始めるぞ、と思ってます。

なかなか更新できないこのブログですが、どうかのんびりかまえてまたよかったらたまに覗きにきてくださいませ。

今年1年、お世話になりました。
ありがとうございました。