父の時は不思議とそれほど泣かなかったのに、母のことを想うと子どものように大泣きしてしまう。「おかあさぁーん!」と思わず叫んでしまう。
まだ母がしゃんとしてる頃は、母とは話や性格が合わない、とずっと思ってたけど、ここ2年ほど母の認知症が少しきた頃から母は自然と世間のしがらみを脱ぎ捨て、中からかわいい少女のような母が出てきた。その後、母とはとても付き合いやすくなって、なんでも話せる仲になり、よく二人で大笑いしていた。
去年10月、突然ろれつが回らなくなり、救急車で病院へ。ベッドに横たわる母は、「しょうがないねぇ。。」と言って自分の運命を受け入れていたかのようだった。コロナのことがあって、ずっと一緒に病室にいてあげられないのがもどかしく、病院はすぐにでも出て行け、とばかりに私を急かす。すぐにでも母を置いて帰らなくてはいけない。悲しくて悲しくて仕方なかった。
「しょうがないねぇ。。」
あの日から今まで経験したことのないような大変な日々が始まった。
でも、退院して介護を始めてから、母には申し訳ないことばかりしていた。いつも笑ってくれてたのにね。。精神的・体力的に辛くて怒ってばかりいた私。。
ごめんなさい、お母さん。
多分父が迎えに来たんだと思ってる。
母がある時「お父さん」とつぶやき、テレビの横にある父の写真とテレビの前に見えるらしい父と交互に目をやり、笑っていた。「え、お父さんが来た?おーい、元気?」なんて脳天気なふりして見せてたけど、もしかしたら迎えに来たかな、とは思っていた。
それから3週間ぐらいで眠るように逝ってしまった母。
最期の2週間は訪問看護師さんやケアマネさんやヘルパーさんやいろいろな方に助けてもらいながら介護し、看護師さんは逐一主治医の先生に報告してくれて、最期の最期を看取ってくれました。家で何の医療行為もなく、点滴さえもせずに老衰で逝きました。(前日に主治医の先生が往診してくれて、それから24時間以内だったら看護師さんが看取った時間を決めることができる法律があるんだそうです。)
駆けつけてくれた訪問看護師さんは、母の顔を見るなり開口一番「まぁ、なんていいお顔!」と2度も叫んでくれた。嬉しかった。まだ眠っているようで、今にも何か言い出しそうだった。
おかあさん、お父さんには会えた?
絶対会えたよね。
仲のいい夫婦だったから。一緒にいるんなら、安心だよ。
でも、ここには、まだお母さんのことを思い出して泣いてしまう娘がいます。。